お堀の復元

 松本城西南堀の復元が中止となった。中止というのは、「堀を掘って水を張ること」についてであり、お堀のだった部分を囲うか旗をたてるかなんかしてお堀があったことは指し示すそうだ。平成25年より用地買収を開始し、現在約50%の用地買収が終了している、地権者に事情を説明し買収は今後も継続。
 10年ほど前のことだろうか、何かの集まりでお堀の復元の話を聞いて、当時の教授とバカなことを言う人たちがいるものだと呆れた。お堀は明治から大正期にかけて何度かに分けて埋められ、人口が増えたこの街の人々の住処となった。その歴史を示す証拠なのだ。国宝の城の中で、こんなにも人々の生活が密着している城は他にはなかった(もうその生活も剥ぎ取られてしまうのだが)。「ベランダではためく洗濯物が天守閣から見られることが、城と街の人々の生活の歴史そのものです」教授が言ったことが忘れられない。
 その時に、お堀を復元するのではなく、もともとお堀だった部分に旗でも立てて回りましょうと冗談で言っていたことが、現実になってしまう。そこにはもう何も残っていないのだけれど。